最終更新日:2026.01.22(公開日:2026.1.22)
監修者:営業責任者 渥美 瞬
監修協力:社会保険労務士 河守 勝彦

働き方改革の進展や人材確保の観点から、副業・兼業を認める企業は年々増加しています。一方で、制度を導入しようとすると「社会保険はどうなるのか」「労災はどこまで会社の責任なのか」「給与計算は複雑にならないか」といった実務面の不安を抱く経営者も少なくありません。
本コラムでは、社会保険労務士の実務視点から、副業・兼業制度を導入する際に経営者が必ず理解しておくべき社会保険・雇用保険・労災保険の取扱いを、ポイントを絞って解説します。制度導入前の整理にぜひお役立てください。
副業・兼業とは、従業員が自社での就業に加えて、他社で雇用されて働く、または別の事業を行うことをいいます。近年は国の方針としても副業・兼業が推進されており、原則として禁止するのではなく、適切な管理のもとで認めていく流れが主流になっています。
企業にとっては、人材確保や従業員のスキル向上といったメリットがある一方、労働時間管理や社会保険実務が複雑になるという側面もあります。そのため「認めるかどうか」だけでなく、「どのように管理するか」が重要になります。
副業・兼業で複数の会社と雇用契約を結んでいる場合、それぞれの会社で社会保険の加入要件を満たせば、原則としてすべての事業所で社会保険に加入します。
「本業だけで社会保険に入っていればよい」という考え方は誤りであり、ここを誤解していると、後から保険料の遡及徴収が発生することもあります。
健康保険・厚生年金保険では、複数事業所での報酬を合算して標準報酬月額を決定し、その保険料を各事業所の報酬割合に応じて按分して負担する仕組みが採られています。
複数の会社で働く場合、各社で支払われる給与や手当を合算して標準報酬月額を決定します。その上で、
という形で処理します。
保険料を二重に支払うわけではなく、「合算した結果を分け合って負担する」というイメージを持つと理解しやすいでしょう。
健康保険証は複数交付されることはなく、従業員が選択した主たる事業所の保険者から1枚交付されます。実務上は、従業員本人が「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出することで手続きが進みます。
雇用保険は、健康保険や厚生年金と異なり二重加入ができません。複数の会社で働いていても、雇用保険に加入するのは1社のみです。
原則として、次のような観点から「主たる事業所」を判断します。
副業先の労働時間が週20時間未満であれば、そもそも雇用保険の加入要件を満たさないケースも多く、結果として本業のみで加入することになります。
労災保険は、各事業所ごとに適用され、保険料は全額事業主負担です。副業・兼業をしている場合でも、自社で支払う賃金総額を基に保険料を計算する点は変わりません。
特に重要なのが、2020年9月に始まった「複数業務要因災害」の考え方です。これは、複数の事業所での業務負荷が重なって発生した災害について、全事業所の賃金を合算して労災給付額を算定する制度です。
これにより、副業先で災害が発生した場合でも、十分な補償が受けられる仕組みが整いました。一方で、企業側には、従業員の長時間労働や健康状態にこれまで以上に配慮する姿勢が求められます。
副業・兼業を認める場合、給与計算実務では次の点が重要になります。
特に他社での昇給・減給があった場合、自社の給与が変わらなくても社会保険の標準報酬月額が変わる可能性があります。定期的な確認フローを設けておくことが、実務トラブル防止につながります。
副業・兼業制度を導入する際は、就業規則の整備が不可欠です。最低限、次の点は明確にしておく必要があります。
制度だけを認めて管理ルールが曖昧なままだと、長時間労働や労務トラブルにつながり、社会保険だけでなく、残業代(労働時間)の管理もセットで考えないと、思わぬコスト増になるリスクが高まります。
ここでは、実際に経営者や人事担当者から多く寄せられる質問をQ&A形式で整理します。制度理解を深めるとともに、実務での判断材料として活用してください。
従業員が副業先の給与額を教えてくれません。会社として把握する義務はありますか?
あります。副業・兼業で複数の会社に雇用されている場合、社会保険料は報酬を合算して計算する必要があるため、他社での報酬額を把握しなければ正しい保険料計算ができません。
就業規則に「副業・兼業を行う場合は、副業先の労働条件(報酬額・労働時間等)を会社に報告する義務がある」旨を明記し、制度として運用することが重要です。単なる情報収集ではなく、法令遵守のために必要な手続きであることを丁寧に説明しましょう。
副業がアルバイトではなく業務委託(フリーランス)の場合も合算が必要ですか?
副業先が雇用契約ではなく業務委託契約である場合、その報酬は原則として社会保険の「報酬」には含まれません。そのため、自社での給与のみを基に社会保険料を計算します。
ただし、実態として指揮命令関係があり、労働時間や場所の拘束が強い場合には、形式が業務委託であっても雇用と判断されるリスクがあります。契約内容だけでなく、実態確認が重要です。
パート社員が他社で正社員として働いている場合、自社でも社会保険に加入させる必要がありますか?
自社での労働条件が社会保険の加入要件を満たしていれば、雇用形態にかかわらず加入が必要です。たとえ他社で正社員として社会保険に加入していても、「自社分は不要」という扱いにはなりません。 一方で、自社での所定労働時間が短く、加入要件を満たさない場合は、自社では社会保険に加入せず、他社のみで加入するケースもあります。個別の労働条件確認が不可欠です。
無断で副業をしていたことが後から判明しました。どう対応すべきですか?
副業の事実が判明した時点で、速やかに社会保険の取扱いを確認し、必要に応じて「二以上事業所勤務届」の提出や保険料の再計算を行います。不足分があれば遡って徴収する必要があります。 懲戒処分を検討する前に、まずは法令上必要な手続きを優先し、その後に就業規則に基づく対応を検討することが実務上は重要です。
副業を途中でやめた場合、会社として何か手続きは必要ですか?
必要です。副業終了により報酬の合算対象が変わるため、年金事務所への届出を行い、標準報酬月額を再確認します。副業を始めた時だけでなく、やめた時の報告も従業員に徹底しておくことが重要です。
社会保険料が増えて手取りが減ることに、従業員から不満が出ています。
複数就業により報酬が合算されると、標準報酬月額が上がり、社会保険料が増えるケースがあります。これは法律に基づく仕組みであり、会社の裁量では変更できません。 一方で、将来の年金額や傷病手当金などの給付額が増えるというメリットもあります。制度の趣旨を丁寧に説明し、事前に情報提供することがトラブル防止につながります。
副業・兼業制度は、単に「副業を認めるかどうか」を決めるだけの制度ではありません。社会保険・雇用保険・労災保険といった公的制度との関係を正しく整理し、実務として運用できる形に落とし込めてはじめて、企業と従業員の双方にとってメリットのある制度になります。
特に注意したいのが、社会保険の取扱いです。複数の事業所で雇用されている場合、報酬を合算して標準報酬月額を決定し、各事業所が按分して保険料を負担するという仕組みは、経営者・実務担当者ともに理解しておく必要があります。ここを誤ると、後から年金事務所から指摘を受け、保険料の遡及調整が発生することもあります。
また、雇用保険については「一つの事業所でのみ加入する」という点を押さえ、主たる事業所の判断を誤らないことが重要です。副業の比重が変われば、途中で主たる事業所が入れ替わる可能性もあるため、定期的な確認が欠かせません。
労災保険についても、2020年の制度改正により、複数業務要因災害として全事業所の賃金を合算して給付が行われる仕組みが整備されました。これは従業員にとっては安心材料である一方、企業側にとっては、従業員の労働時間や健康状態への配慮がこれまで以上に求められることを意味します。
さらに、実務を円滑に進めるためには、就業規則の整備が不可欠です。副業・兼業を届出制とするのか許可制とするのか、どのような場合に制限を設けるのか、労働時間や健康管理をどのように行うのかといった点を、あらかじめ明確にしておく必要があります。ルールが曖昧なまま制度をスタートさせてしまうと、後になって労務トラブルに発展するリスクが高まります。
副業・兼業制度は、適切に設計・運用できれば、人材の定着やモチベーション向上、スキルアップにつながる有効な施策です。一方で、社会保険や労務管理の知識が不十分なまま導入すると、企業側の負担やリスクが大きくなりかねません。
制度導入を検討する際は、
この3点を軸に準備を進めることが重要です。
副業・兼業を時代に合った働き方として前向きに活用していくためにも、早い段階で社会保険労務士などの専門家に相談し、自社に合った制度設計を行うことをおすすめします。