mentalhealth 職場のメンタルヘルス対策は法的責任か?2025年版|経営者が理解すべき義務と実践ポイント
職場のメンタルヘルス対策は法的責任か?
2025年版|経営者が理解すべき義務と実践ポイント

最終更新日:2025.12.15(公開日:2025.12.15)
監修者:営業責任者 渥美 瞬
監修協力:社会保険労務士 河守 勝彦

公園を散歩してリフレッシュしている様子

従業員のメンタルヘルス不調は、休職・離職・労災申請・損害賠償請求といった重大な経営リスクへ直結しています。さらに2025年現在、労働安全衛生法に基づく健康管理体制の強化、ハラスメント防止法制の拡大、長時間労働是正の実務運用が進み、「メンタルヘルス対策は努力義務ではなく実質的な法的責任」という位置づけが強まっています。

本稿では、社会保険労務士として企業支援に携わる立場から、最新法令に基づく企業の義務、判例に示された法的責任、そして中小企業でも取り組める実務的な対策を体系的に解説します。

メンタルヘルス対策とは何か:経営者が理解すべき基本概念

メンタルヘルス対策とは、従業員が心の健康を維持し、メンタル不調を予防・早期発見し・適切に対応できるようにする一連の取り組みを指します。
メンタル不調は個人の問題ではなく、職場環境・業務量・コミュニケーションの質など、職場全体の要因が複合的に影響します。

厚生労働省の統計では、精神障害に関する労災認定件数は近年増加を続け、企業に求められる管理責任は年々重くなっています。
また、従業員の心の健康と企業の生産性には密接な相関があることも明らかになっており、メンタルヘルスの取り組みは「福利厚生」ではなく「経営課題」であると言えます。

企業がメンタルヘルス対策に取り組むメリットは次のとおりです。

  • – 離職率の低下
  • – 業務の生産性向上
  • – 労災や訴訟リスクの軽減
  • – エンゲージメント向上
  • – 採用競争力の強化

メンタルヘルス対策は、経営者にとって「守りのリスク管理」であると同時に、「攻めの組織改善施策」でもあります。

メンタルヘルス対策に関する企業の法的責任の全体像

企業の責任は、大きく次の2つの法的根拠に基づいています。

(1)労働安全衛生法に基づく義務

労働者の心身の健康を守るための具体的な措置が義務付けられています。違反すると行政指導、最悪の場合は刑事罰の対象になります。

(2)民法・労働契約法に基づく安全配慮義務

従業員が安全に働けるよう配慮する契約上の義務です。違反すると高額な損害賠償責任が生じます。
法律を守っていても、従業員の不調を予見できたのに適切な対応をしなかった場合、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
つまり、形式的に法令遵守しているだけでは不十分ということです。

労働安全衛生法におけるメンタルヘルス関連義務(2025年版)

労働安全衛生法では、企業は次のような措置を講じる義務があります。

心の健康保持のための必要な措置(安衛法69条)

事業者は計画的かつ継続的な健康保持増進措置を講じなければなりません。

ストレスチェック制度(従業員50名以上で義務)

  • • 年1回実施
  • • 実施者は医師・保健師等
  • • 高ストレス者への面接指導の実施
  • • 労基署への報告義務

未実施は「50万円以下の罰金」の対象です。

長時間労働者の医師による面接指導(安衛法66条の8)

  • • 年1回実施
  • • 月80時間超え:労働者の申出により実施義務
  • • 月100時間超え:申し出がなくても会社に実施義務

長時間労働による健康障害の防止は、企業が最も責任を問われやすい領域です。

ストレスチェック制度の実務と法的留意点

ストレスチェック制度は単なる検査ではなく、職場環境改善と個別対応を促すための仕組みです。

実施の基本フロー

  • 1. 質問票による調査
  • 2. 本人への結果通知
  • 3. 高ストレス者の選定
  • 4. 本人が希望すれば医師面接
  • 5. 医師の意見に基づく就業措置

守るべきルール

  • • 結果を会社が直接閲覧することは禁止
  • • 結果を理由とした不利益取扱いは禁止
  • • 個人データの管理は厳格なルールが必要

制度の導入後も、結果に基づく職場環境改善が求められています。

安全配慮義務違反が認められるケースと賠償リスク

安全配慮義務とは、従業員が心身の健康を損なわないよう必要な配慮をする義務です。
違反が認められた場合、多額の損害賠償を命じられる可能性があります。

判例に共通するポイント

  • • 長時間労働を把握しながら放置した
  • • ハラスメントの相談を無視した
  • • 体調不良の兆候を知りながら適切な対応をしなかった
  • • 過重労働を予見できたのに人員配置などを改善しなかった

これらは、「予見可能性」と「結果回避義務」の観点から判断されます。

代表的な判例

  • • 電通事件:1億6,800万円の賠償命令
  • • 情報システム企業事件:1億円規模の賠償

中小企業でも、数千万円規模の損害賠償判決は多数存在します。企業にとって極めて重大なリスクです。

効果的なメンタルヘルス対策の基盤

厚生労働省の指針では、効果的なメンタルヘルス体制の構築には「4つのケア」が不可欠とされています。

「4つのケア」

1. セルフケア

従業員自身がストレスに気づき対処できるよう教育する。

2. ラインケア(管理職によるケア)

管理職が部下の変化に気づき、状況に応じた対応を行う。管理職研修が必須。

3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア

産業医・保健師が専門的視点で健康管理を支援。

4. 事業場外資源によるケア

EAPや外部カウンセラーなど外部専門家の活用。
これらが連携することで、メンタル不調の予防から復職支援までのラインが確立します。

中小企業でも実践できる取り組み事例

再現性の高い方法

事例1:短時間朝礼でのコンディションチェック

体調・気分を5段階で共有し、不調者を早期に発見。

事例2:早帰り推奨デーの導入

業務を区切り、組織的に休息を取る文化を醸成。

事例3:外部EAPサービスの導入

低コストで導入可能。相談窓口の確保は従業員の安心につながる。
小さな企業ほど、「顔の見える関係性」を活かした取り組みが効果を発揮します。

対策を怠るリスク:訴訟・行政指導・企業イメージ失墜

メンタルヘルス対策を怠ると以下の重大リスクが発生します。

  • – 労災認定による経済的負担
  • – 安全配慮義務違反による損害賠償
  • – 行政指導・送検リスク
  • – 採用力低下・離職増加

特にSNSが発達した現在は、企業イメージの毀損が採用力に直結します。

専門家(社労士)に相談すべきタイミング

次のような場合は早期に専門家への相談が必要です。

  • – 長時間労働が常態化している
  • – ハラスメント相談が増えている
  • – 休職・復職対応の判断に迷う
  • – 就業規則や健康管理体制を見直したい
  • – 労基署から指導を受けた

社労士は、法令対応だけでなく、実務運用・職場改善・復職支援体制の構築まで総合的に支援できます。

まとめ:経営者が今日から実践できる5つのアクション

  • 1. 長時間労働の見える化:勤怠データのチェックを習慣化
  • 2. 管理職研修の実施:ラインケアの質向上
  • 3. 相談窓口の明確化:社内・社外で複線化
  • 4. ストレスチェック結果を踏まえた職場環境改善
  • 5. 専門家との連携強化:予防的に相談できる体制づくり

メンタルヘルス対策は「やらなければならない義務」であると同時に、従業員がいきいきと働ける職場をつくるための最重要施策です。
小さな一歩でも、組織全体の変化につながります。経営者が本気で取り組む姿勢を示すことこそが、最大の効果を生む対策なのです。

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