最終更新日:2025.10.11(公開日:2025.10.9)
監修者:営業責任者 渥美 瞬
監修協力:社会保険労務士 河守 勝彦
人材不足は単なる景気循環ではなく、人口動態に根差した構造的課題です。若年人口の減少により「採用できない」「育たない」「定着しない」が同時多発し、業務そのものの設計を変えなければ、採用広報の強化だけでは対応しきれない段階に入っています。
さらに2025年には、団塊世代の大量離脱が本格化し、管理職や熟練者がまとめて退職することになります。これは人数が減る以上に、技能と暗黙知の損失が一気に顕在化するということです。
採用がうまくいっても、現場を回せる“手順書や教育の土台”がなければ、離職の再生産が起きてしまいます。だからこそ、採用・育成・定着・生産性の4点セットを同時に設計し直す必要があります。
本稿では、法律・助成金・現場運用をつないだ実務の視点から、シニア雇用、外国人材、DXの三本柱を中心に、2025年問題を乗り越えるための具体策をご紹介します。
統計上も、企業の過半数が「正社員不足」を訴える水準に達しています。重要なのは数値の高さだけではなく、不足の範囲と深さが同時に進行している点です。
建設・物流といった体力依存型産業だけでなく、ITや医療福祉、警備、サービス業界でも人材難が深刻化しており、サプライチェーン全体の生産性に影響が及んでいます。
2025年には、現場を支えてきた中間管理層が年齢要因で一斉に抜けていくことが予想されます。単に人員が不足するだけでなく、「引き継げる人がいない」「引き継ぐべき内容が形式知化されていない」といった問題も同時に起きるのです。
結果として、採用難易度は上がり、せっかく採用した新人も属人的なやり方に馴染めず早期離職してしまうリスクが高まります。これを打開するには、単発の採用施策ではなく、事業の回し方そのものを再設計する意思が求められます。
労働法改正も人材不足対応に大きく関わっています。
2024年4月からは、建設業や運輸業にも時間外労働の上限規制が適用されました。これにより「長時間労働でカバーする」体制は法的に許されなくなり、業務効率化やシフト見直しが不可欠となっています。違反すれば罰則だけでなく、企業イメージ低下によって採用力も失われます。
高年齢者雇用安定法では、70歳までの就業確保が努力義務とされました。積極的に対応しない企業は、シニア人材を取り込む企業に比べて採用競争で不利になります。継続雇用制度や職務限定再雇用の導入には助成金も活用でき、コストを抑えながらシニア活用を進めることが可能です。
最高裁判例では、非正規社員と正社員の待遇格差を不合理と判断するケースが増えています。待遇改善を怠れば、採用難だけでなく訴訟リスクや企業の評判低下につながります。
出入国管理法の改正により、特定技能制度の対象分野が拡大しました。介護・宿泊・外食・建設など14業種での採用が可能となり、外国人材は今後の人材戦略において重要な存在となります。
建設業界では高齢化した技能者の大量引退と若手不足が進んでいます。A建設は完全週休二日制と残業時間の可視化を導入し、資格取得奨励金制度を整えたことで、離職率が35%から8%に低下し、新卒応募も増加しました。一方で、改善を怠ったB建設は協力業者不足に直面し、受注を制限せざるを得なくなりました。
IT業界では急速なDX需要に人材育成が追いついていません。Bソフトウェアは未経験者を対象とした半年間の研修制度とメンター制度を導入しました。副業容認やリモート勤務を組み合わせることで、エンジニア数を15名から45名に増加させ、採用と定着の両面で成果を上げています。
医療・福祉業界では、C福祉法人が給与を月3万円引き上げ、有給休暇取得率100%を達成しました。夜勤負担の軽減やICT導入により、定着率は60%から90%へ改善しました。改善を怠った施設は離職率が高止まりし、新規採用も困難な状況に陥っています。
物流業界では「2024年問題」による輸送力不足が深刻です。E物流はAIによる配送ルート最適化や仕分け自動化を導入し、ドライバーの労働時間を削減しつつ配送量を維持しました。対照的にF物流は改善を怠り、ドライバー流出と取引先離れに直面しました。
警備業界では、D社が長時間勤務改善に取り組み、シフト柔軟化や休憩施設の新設を行いました。さらに「地域社会を守る使命感」を訴える採用広報を展開し、若年層応募を増やすことに成功しました。
シニア人材は経験知を蓄積した「企業の資産」です。ただし、フル稼働を前提にするとミスマッチが生じます。重要なのは、時間・職務・責任を再設計することです。
F製造業では、65歳以上を技能伝承アドバイザーとして再雇用しました。作業標準の改訂や動画マニュアル整備を任せることで、若手育成と工程改善の両立に成功しました。短時間勤務や職務限定契約を導入し、健康に配慮した勤務形態を整えたことが定着につながりました。
また、高年齢者雇用安定助成金を活用することで企業負担を軽減できました。シニア雇用を人員補充ではなく、経験の継承と若手育成の投資と位置付けることが成果につながるのです。
外国人材を単なる「人手不足の穴埋め」として採用すると定着しません。重要なのは仲間として迎える姿勢です。
G介護施設では、ベトナムやフィリピンから職員を採用し、日本語教育と生活支援を入社前後で整えました。
配属後は月1回の勉強会や専門語サークルを設け、分からないことを放置しない仕組みを作りました。さらに、日本人職員向けに多文化研修やハラスメント防止教育を実施し、外国人材と日本人材が協力しやすい環境を整備しました。結果として、定着率は80%を超え、利用者からの評価も向上しました。
DXは「人が減っても品質と安全を維持するための設計変更」です。
H運輸会社はAIを活用したシフト作成で残業の山を慣らし、繁閑差を平準化しました。I建設はドローン測量とBIMを導入して施工管理を効率化しました。J社はRPAによるバックオフィス自動化で、定型業務の30%を削減し、従業員が付加価値の高い業務に集中できる環境を整えました。
導入効果は「残業時間」「承認リードタイム」「教育に割ける時間」などで測定し、改善が確認できれば採用広報でも訴求可能です。最新技術を導入する企業は若手にとって魅力的に映ります。
採用に成功しても定着しなければ意味がありません。定着率改善にはプロセスの設計が欠かせません。
まず重要なのはオンボーディングです。入社から90日間の流れを設計し、段階的に業務を習得させる仕組みを整えることで、不安を軽減できます。
評価制度は透明性が必要です。成果・行動・スキルの3つを分けて評価し、何を達成すれば昇格できるかを明示することが信頼につながります。
四半期ごとの1on1面談で事実に基づいたフィードバックを行うと納得感が高まります。
メンタルヘルス対応も重要です。一次予防(業務量調整や人間関係整備)、二次予防(早期相談体制)、三次予防(産業医や外部カウンセラー活用)をバランスよく配置することで安心感が生まれます。
さらに、キャリア支援や資格取得支援、eラーニングの導入を「やった人が報われる仕組み」に組み込み、現場での成果に直結させることが定着率向上の鍵となります。
人材不足は避けられない構造的課題ですが、各業界の成功事例が示すように取り組み次第で成果は出せます。建設業は安全と段取りの標準化、IT業は育成ライン構築、医療福祉は処遇改善、物流はDX、警備は仕事の意義訴求といった戦略が有効でした。
横断的な戦略としては、シニア雇用の再設計、外国人材の多文化共生、DXによる効率化が採用・育成・定着を一本につなげます。2025年問題は避けられませんが、危機ではなく変革の好機と捉えることが重要です。
社会保険労務士は就業規則改定、労働時間管理、助成金活用を通じて企業を支援できます。今こそ人材戦略を実行に移し、事業の持続性を高めていきましょう。