最終更新日:2025.12.16(公開日:2025.12.16)
監修者:営業責任者 渥美 瞬
監修協力:社会保険労務士 河守 勝彦

「健康経営」という言葉が一般化する中で、健康経営優良法人認定の取得を検討する企業は年々増加しています。しかし現場では、「何から始めればよいのか分からない」「中小企業でも本当に取得できるのか」「手間やコストが心配」といった声も少なくありません。
本記事では、社会保険労務士の視点から、健康経営優良法人認定制度の全体像、認定基準の具体的内容、申請までの実務プロセス、そして中小企業が成功するためのポイントを、2025年時点の最新情報に基づき体系的に解説します。認定取得を単なる称号で終わらせず、企業成長につなげるための実践的ガイドとしてご活用ください。
健康経営優良法人認定制度は、経済産業省と日本健康会議が共同で推進する制度で、従業員の健康管理を経営的視点で捉え、戦略的に実践している企業を認定・顕彰するものです。2016年度に創設されて以降、認定法人は年々増加しており、健康経営が国策として位置づけられていることを示しています。
この制度の根底にある考え方は、「従業員の健康は企業の重要な経営資源である」というものです。従業員が心身ともに健康であれば、労働生産性の向上、医療費の抑制、離職率の低下といった効果が期待でき、結果として企業価値の向上につながります。
また、認定制度の目的は単なる表彰ではありません。健康経営に取り組む企業を“見える化”すると同時に、認定取得を目指すプロセスそのものを通じて、企業が自律的に健康経営を推進することが狙いとされています。認定はゴールではなく、継続的改善のスタートラインと位置づけることが重要です。
健康経営優良法人認定が注目を集める背景には、複数の社会的要因があります。
第一に、少子高齢化による労働人口の減少と採用難の深刻化です。求職者は給与水準だけでなく、「長く安心して働けるか」「心身の健康に配慮されているか」を重視する傾向を強めています。健康経営に取り組む企業は、採用市場において明確な差別化が可能です。
第二に、従業員の健康問題が企業経営に与える影響の顕在化です。メンタルヘルス不調や生活習慣病による欠勤・休職だけでなく、出勤していても生産性が低下する「プレゼンティーイズム」による損失が大きな経営課題となっています。
第三に、ESG投資や取引先評価における「人的資本」「ウェルビーイング」重視の流れです。従業員の健康管理は、企業の社会的責任(S)の重要要素とされ、上場企業だけでなく中小企業にも波及しています。
このように、健康経営優良法人認定は、単なるイメージ戦略ではなく、企業の持続的成長を支える経営戦略の一環として位置づけられています。
健康経営優良法人認定は、単なる「称号」や「イメージアップ施策」にとどまらず、経営そのものに具体的な好影響をもたらします。ここでは、経営者の視点で特に重要となる5つのメリットについて、実務的な観点も交えながら詳しく解説します。
少子高齢化が進む中で、多くの企業が直面している最大の課題が「人材確保」です。特に中小企業においては、大手企業との待遇面での競争が難しく、いかに自社の魅力を伝えるかが重要になります。
健康経営優良法人認定は、求職者に対して「この会社は従業員の健康を重視している」「長く安心して働ける職場である」という強いメッセージを発信できます。実際、就職活動中の学生や転職希望者は、給与水準だけでなく、働きやすさや職場環境を重視する傾向を強めています。
認定ロゴを採用サイト、求人票、会社案内に掲載することで、他社との差別化が可能となり、応募者数の増加やミスマッチの減少につながります。
結果として、採用コストの削減や定着率向上という形で経営に好影響をもたらします。
健康経営の取り組みは、従業員に「会社が自分たちを大切にしている」という安心感を与えます。この心理的な安心感は、エンゲージメント(仕事への主体的な関与)を高める重要な要素です。
健康診断の受診支援、メンタルヘルス対策、長時間労働の是正、ワークライフバランスへの配慮などの施策は、従業員満足度の向上に直結します。
結果として、離職率の低下や職場の雰囲気改善につながり、組織全体の安定性が高まります。
離職が発生すると、採用費用・教育コスト・引き継ぎによる生産性低下など、目に見えない損失が発生します。健康経営は、こうした「見えにくい経営コスト」を抑制する有効な手段と言えるでしょう。
従業員の健康問題は、欠勤や休職だけでなく、出勤していても十分なパフォーマンスを発揮できない「プレゼンティーイズム」を引き起こします。
これは企業にとって大きな損失要因であり、経済産業省の調査でも、欠勤による損失以上に大きいと指摘されています。
健康経営優良法人認定を目指す過程で、労働時間の適正化、休憩の確保、メンタルヘルス対策、生活習慣改善への支援などを行うことで、従業員一人ひとりのコンディションが改善されます。その結果、集中力や判断力が向上し、業務効率の改善、生産性向上につながります。
これは短期的な成果だけでなく、中長期的な企業競争力の強化という観点でも非常に重要なポイントです。
健康経営優良法人認定は、対外的な企業評価の向上にも寄与します。取引先や顧客から見て、「法令遵守意識が高く、持続可能な経営を行っている企業」という評価を得やすくなります。
特に近年は、取引先選定の際にESGや人的資本経営の観点が重視されるケースが増えています。健康経営に取り組んでいることは、コンプライアンス意識やリスク管理能力の高さを示す材料となり、取引継続や新規取引獲得にプラスに働くことがあります。
また、ホームページや広報資料で認定取得を公表することで、企業ブランドの信頼性向上にもつながります。
健康経営優良法人認定は、金融機関からの評価にも好影響を与えます。日本政策金融公庫や地方銀行、信用金庫などでは、認定法人を対象とした金利優遇融資や専用融資商品を用意しているケースが増えています。
金融機関は、健康経営に取り組む企業を「人材定着力があり、長期的に安定した経営が期待できる企業」と評価する傾向があります。これは、将来的な業績悪化リスクが相対的に低いと判断されるためです。
認定取得は、直接的な売上増加だけでなく、資金調達環境の改善という形でも経営を下支えします。
このように、健康経営優良法人認定によるメリットは多岐にわたり、相互に連鎖することで企業経営に好循環をもたらします。認定取得は「コスト」ではなく、「将来への投資」として捉えることが重要です。
健康経営優良法人認定には、企業規模に応じて次の2区分があります。
主に上場企業や従業員数300名以上の企業が対象で、上位500法人は「ホワイト500」として認定されます。
従業員数300名未満の企業が対象で、多くの中小企業はこちらに該当します。上位500法人は「ブライト500」として表彰されます。
中小規模法人部門は、中小企業の実情に配慮した評価項目となっており、初めて健康経営に取り組む企業でも十分に認定を目指せる設計です。
認定基準は、以下の5つの大項目で構成されています。
必須項目をすべて満たしたうえで、加点項目を一定以上クリアすることが求められます。初年度は「完璧」を目指すのではなく、必須項目の確実な対応を最優先にすることが成功のポイントです。
準備から認定までは、概ね1年〜1年半の期間を見込むと現実的です。
認定申請自体に費用はかかりませんが、施策実行に伴うコストは発生します。
中小企業の場合、年間20万〜50万円程度が一般的な目安です。
成功企業に共通するのは、「自社課題に即した施策」「経営者の関与」「従業員参加型」の3点です。大規模投資ではなく、継続可能な取り組みを積み上げることが成果につながります。
これらは事前準備と丁寧な説明で十分に回避可能です。
社会保険労務士は、健康経営と密接に関係する労働時間管理、ストレスチェック、メンタルヘルス対策、就業規則整備まで含めて総合的に支援できます。初めて認定を目指す企業ほど、専門家の伴走支援が効果的です。
健康経営優良法人認定は、従業員の健康を守りながら、企業価値を高めるための有効な経営施策です。完璧を目指す必要はありません。できることから着実に取り組み、健康経営を企業文化として根付かせることが、認定取得と持続的成長への近道となります。